2015年10月21日水曜日

墓を開けてみました

再来週、父の49日の法事を終えたあと、納骨をします。
先祖代々のお墓があるので、そちらを開けて納骨する必要があります。

お通夜、法事と家族葬で進めてきており、できる限り葬儀屋を通さず家族の手で進めようとしています。

ので、納骨も自分でやろうかと。
今まで、お墓を開けるなんて全くのタブーでした。
どうも、気持ちが悪いというか、不敬な感じがしました。

今朝お墓に行き、しばらくお墓の前で、YouTubeなどで納骨の仕方など検索し、「結構皆さん自分でやってるじゃん」と勇気付けられたので、決心して開けてみることにしました。当家のお墓は、ちょっと違い、お墓の前の重い石板を動かし、お墓のしたに大きな穴があるというもので、検索したのとは勝手がちがいました。

いくつか骨壷があり、思わず「ごめんね」と声に出してしまいました。
考えてみれば、検索でみたのは新しいお墓だったので、もうすでに骨壷があるケースがあったのかどうかは、後の祭りです。

ただ、一度開けてみると、「何だ、こんなものか」という感じで、
タブー視する必要なんかないなと、思えました。

これで、石屋を呼ばないだけでも、数万円セーブです。

2015年6月30日火曜日

今更ながら、サッカーの試合での旭日旗

いまさらなのだが。

サッカー観戦で、旭日旗が出ると韓国人は、とても怒る。
旭日旗は、日本の自衛隊旗でもあるのだから、「言いがかりをつけられても」と、困惑する。

でも、もし2020年の東京オリンピックで、中華人民解放軍の軍旗や、大韓民国の海軍旗がたてられたら、やはり政治的意味を考えてしまう。


2015年6月3日水曜日

私も胃がやられちゃいました。

3か月半ぶりの更新。

最後に更新した日は、かなりの深酒をしてしまい、その翌日から本日まで断酒している。

深酒のせいもあったが、ここ最近ムカムカ感があり、26日の胃カメラ検査まで禁酒することにした。
検査で、胃も食道も荒れており、その日から、胃酸をおさえる薬を2か月飲んだ。

ゴールデンウィーク前に薬をもらっておこうと、病院に行った際に、「十二指腸潰瘍だ」と言われるが、「治っている」ともいう。はっきりした病名が分からなくなり、「何のために、いつまで薬を飲み続けるのか」と質問すると、「そんなに猜疑心をもっているなら、薬をやめたらいい。すぐに元に戻って後悔するから」という。

その乱暴な物言いに、しばらく意味がわからなくなったが、その他にも、
「心ある人なら、食事に気を付けて薬をのまないこともできないことではない。」
「あなたの体のことを考えて言ってあげているのだから、素直に聞くべきだ。」

と続く。これは、聞き間違えではないので、

「私は、いつまで薬を飲み続けるのかと質問しただけで、そのような喧嘩を売るような言葉を聞く必要はない。たとえ、身体が悪化したとしても、あなたに診てもらう気が全くしなくなった。ので、これで打ち切りとしてもらいたい」

と、伝え病室を出た。


帰宅して妻につたえると、「せめて薬だけでももらって出てくればいいのに」といわれた。

いああ、ごもっとも。

でも、今は薬を飲まずに1ヶ月やっている。

来週は、ずっとアポをまった大学病院に行ってみよう。

2015年2月20日金曜日

大動脈瘤、脳梗塞、スキルス性胃がんを乗り越えて(1)

昨日、親父(79)の胃と脾臓の全摘出手術が無事終了した。
紆余曲折が多く、書き残すこともしなかったが、ここでひと段落したので、整理しておきたい。

昨年(2014)の秋、「飲み込みにくい」という症状を訴え静岡の癌センターで検査を受けたのが始まりであった。CTのみで、食道癌の疑いがあると診断されたが、同時に心臓に大動脈瘤が見つかった。

大動脈瘤は、破裂すれば致死率が非常に高い病気なので、こちらが優先されることとなり、静岡県立総合病院を紹介された。10月から、様々な検査がはじまり、12月12日に手術のため入院、16日に手術する予定であった。

15日に、首の血管に異常に細いところがあることが発覚、脳梗塞に陥る可能性が高いと言われ、中止も検討される。16日の午前中に脳外科の検査結果を待ち、脳には血液が回っているので、午後に手術をすることとなった。

大動脈瘤の手術は、肋骨を切り外し、心臓につながっている大動脈を人工血管に交換するというもの。体温を下げ、心臓をとめて仮死状態にしながら、機械で血液を循環させた。手術は、予定よりも大幅に長くなり、母、家内、子供達二人と集中治療室の前で8時間ほど待った。

手術が終わり、集中治療室に移さされた父は、冷たくなっており、手術の危険性がうかがえた。手術は成功であったが、その後、脳梗塞を起こし、膝が動かないという症状がでて、このまま半身不随になる危険性がでてきたと医師より説明された。ステロイドを投入し、3日間集中治療室にのこることとなる。早期のステロイド投入で、半身不随は間逃れた。

執刀医は、30代前半の若い先生(佐藤博文先生。伊藤博文と一字違い)であったが、とても優しく、説明も明確で、その後の癌治療の手配も担当でもないのに、親身になってしていただいた。この先生には、いつか改めてお礼をさせていただきたい。

退院は年末予定であったが、心臓に水がたまり、正月休みの危険性もあるので、1月8日まで延期となった。






2015年1月20日火曜日

登校日 今日も行けずに ママごめん

娘の学校のお友達の話です。

その男の子は、いじめにあい、一年間学校に行けずに、ついに辞めてしまいました。身体的なイジメではなかったそうですが、ノートに「死ね」と書かれたり、日常的にバカにされたりと、精神的に追い詰められていたそうです。お母さんは、「学校に行きたくないなら行かなくて良い」と、登校を無理強いはしませんでしたが、公園でお弁当を一緒に食べることだけは続けたそうです。全く、笑わない子になってしまっていました。

私立小学だったので、思い切って退学し、公立に転校しました。

その親子が、学校を辞めて、半年くらいしてから、家に泊まりで遊びに来てくれました。
私は、その子がイジメられていたこともしらなかったので、笑顔が可愛くて、素直ないい子だなと思いました。娘とも無邪気に、はしゃいで遊んでいる姿は、登校拒否していたなど、全く想像もさせませんでした。

お母さんから、その話を聞いて知った次第です。
娘に聞くと、「学校にいた頃と、全然性格が違うよ」と言っていました。

本当に、その学校を辞めてよかったし、また、お母さんが毎日公園に連れ出したことに感動しました。

昔は、「子供の喧嘩に親が口出すな」などと言われていましたが、いまの時代は、子供の問題に積極的に関与するのが親の務めだと思います。

娘もイジメられたことがあり、そのことを隠そうとしましたが、
「イジメは、犯罪だ。犯罪を黙ったいたら、そいつらに加担することになる。放っておいたら、他の子もいじめられることになる。絶対に許してはいけないのだから、正直に言いなさい。」と説得し、聞き出したら、そのまま学校の先生に相談に行きました。

娘へのイジメはすぐになくなりましたが、その男の子をいじめていたグループだということが今回わかりました。

イジメは、子供達では解決できません。
大人が関与しなくては、止めることができません。
イジメを放置するのは、大人の犯罪です。




2015年1月15日木曜日

富士のもと 父母ともに寝たきりに

11日、母がイルームと遊んでいる最中、椅子から転倒してしまった。
救急車で富士宮市の救急病院に運ばれ、脊椎圧迫骨折と診断された。
富士宮市内では、休日に入院を受け入れてくれるところがなく、静岡市立病院に救急車で1時間搬送された。

入院するためにいったのだが、5時間待たされて、問いただすと救急のベットで寝かされたままであった。さらに、入院しない方が良いという。入院しても、痛み止めを与えて、寝かせるだけなので、認知症も進むというのが病院の説明だった。車椅子に乗せるだけで、痛みで吐いてしまう程苦しんでいる状態であったが、なんとか車に乗せて富士宮まで1時間以上かけて戻った。

父が心臓の手術を受け退院して3日後だったので、父母ともに寝たきり状態だ。翌日、残して帰るのは、心配であったが、「大丈夫」と言い張るので、残してきた。

13日、電話しても応答がなかったので、夕方から行ってみると案の定、母が床に座りこんで立てない状態で、 父もそれをただ見ているだけの状態であった。

14、15日は、なんとか二人でやれているようだが、ちゃんと食べているのか。。


2015年1月9日金曜日

散歩好き 金色朝日と 白い富士 (居流夢)



今年は、狭山湖・多摩湖からも連日富士山が綺麗に姿を見せてくれています。
イルームと散歩しながら、狭山湖の堤防からとった朝日が、綺麗に地元を金色に輝かせてくれていました。

昨日は、盲導犬センターからイルームの子供が無事8頭生まれたと連絡がありました。
18日以降に面会もできるとのことなので、楽しみにしています。


2015年1月8日木曜日

ミュージシャン 取り上げ左右 語るバカ

2014年の紅白に出場したサザンのライブが、「反日だ」という声が上がっている。
桑田は在日だとか、サザンは南朝鮮を意味するとか、あれこれ想像力を駆使してまくし立ててる。

しかし、ミュージシャンなんて、Love, Peace, 反戦は、お約束のカバー分野であるし、体制への反発こそがロックを生んだのだ。

桑田さんなんか、まさにその真っ只中でロックしてきた世代だし、
ビートルズの作曲の層の広さに加えて、ボブデュランやジョンレノンの思想的影響を受けていることは、数十年サザンが流れていた日本では、知っていて当然だろう。

私は別に、桑田佳祐やサザンオールスターズのファンではないが、ミュージシャンが主張するLove&Peaceにいちいち政治的なものを照らし合わせて、批評するのは馬鹿らしい。

固定されたものに風穴を開けている風に見せるただのパフォーマンスでしたかない。
ミュージシャンは所詮ミュージシャン、政治家でもなければ、国際関係の専門家でもない。

それよりも、なぜNHKが30数年ぶりに、サザンを出したのか。それも数日前決定で、ほぼ自由な選曲で。そのあたりの意図はしりたいね。こちらにこそ、政治的主張を感じる。

2015年1月7日水曜日

狭山湖を 遠く見下ろす 白い富士


冬休み中は、間近に大きな富士を見ることができましたが、地元に帰って狭山湖から見える富士も好きです。

今朝は、イルームとたっぷり3時間散歩しました。

正月でなまった体に、リセットがかかりました。

2015年1月5日月曜日

仕事はじめでした。

事始め 駅まで追うは 愛娘。

1月5日は、仕事始めでした。
駅まで通勤する私の後を、追いかけてくる娘の足音が嬉しく響きました。

最初の仕事は、昨年末に失礼をしたお客様に謝罪も含めた新年のご挨拶でした。
快く許してくださったので、感謝です。

2015年1月3日土曜日

三ヶ日 富士を仰ぎて 晴れ心

2015年の正月三が日は、富士山が綺麗にその雄大な姿を見せてくれました。

イルームと、3日はイルームと6時間散歩しました。
ず〜と、富士山が綺麗に見えるので、全然疲れを感じませんでした。




あまりにも美しい日なので、勢いで長者ケ岳に登っちゃいました。

富士山、田貫湖、駿河湾が一望でき、最高の新年のプレゼントをいただきました。


2015年1月1日木曜日

初富士や 心を寄せて 手を合わす




明けましておめでとうございます。


今日の富士山と初日の出は、とても綺麗でした。
2015年が、良い年であるだろうと告げてくれているようでした。