2012年5月11日金曜日

娘の頑固さに、期待していること。

昨晩は、娘を叱りました。

親としては失格なのかもしれませんが、私は、娘を叱るのがとても嫌です。
厳しく言うのも嫌だし、悲しい気分にさせるのも嫌だし、
昨日みたいに、激しく泣かれたりすると本当にブルーになります。
勿論、叱っている最中はそんな表情は見せませんが、
「早く、素直にごめんなさい」と言ってくれと心の中で懇願しながらしかってます。

私の娘は頑固です。
素直に自分の非を認めないし、
8歳なのに、理屈で言い返してきます。

その理屈は、まだ幼稚で間違っているので、叱るしかないのですが、
この頑固さには、ある意味、期待しているところもあります。

しっかりと自己主張をできるようになれば、
将来的にはディベートができるようになり、
これからの社会では、最も大切な交渉技術を持つことになるからです。

海外とのディベートは、日本の価値観とは違うところがあります。

それは、
「自分の主張を正当化できる。または、正当であるようにみせる。」
ことです。

よく、アメリカ人は、謝らないと言われます。
アメリカ人は、人にぶつかったり、差し障りのない範囲では、
実は、謝ります。

Excuse me. とか、I am sorry. とか、良く使います。

しかし、一旦、訴訟される可能性があると感じた時は、断固として謝りません。
自分の主張をしっかりと正当化してきます。
本当のところはどう感じているのかよりも、
自分の正当性をどう主張できるかに注力します。

ここが日本人の弁論と違うところでしょう。

日本はまだまだディベートが育たない文化です。
ディベートのかわりに、根回しの方が重要だからです。
スピーチも、定型文を如何にスムーズに使えるかに重きをおいているので、
殆どのスピーチが同じようなものでつまらないです。

日本人は和を尊重します。
だから、ディベートのように戦うことよりも、
戦いをさけて、事を成すように根回しします。

そこには、共通の価値観というものがあります。
しかし、海外の人と本当に共通の価値観があるのでしょうか?

話を娘にもどします。

娘は小学3年生で、通学に一部スクールバスを利用しています。
上級生ともバスが一緒になるのですが、
上級生がバスの中で騒いでいるのを、娘は注意したそうです。

そしたら「上級生に向かってそういう文句を言うな」と、責められたそうです。
日本には、儒教の文化もありますので、「年上」に意見をすることは、
生意気なことという価値観があるので、この上級生が娘を責めるのも、
容易に想像がつきます。

娘は、「上級生には、間違ったことをしていても注意をしてはいけないのか?」と、
聞いてきました。

なんでもないような日常の話ですが、私は娘のこの質問をとても高く評価しています。

儒教の和を尊ぶところを重視し、正義を曲げてしまうことは、
日本の企業の隠蔽や偽装問題という結果にもなるので、
小さいころから、こういった矛盾に目を向けることは大切なことだと思います。


2012年5月8日火曜日

唯一生き残るのは、変化できるものである。


民主党の岡田氏が、ご自身が好きな言葉として以下のダーウィンの名言を引用した。

最も強い者が生き残るのではなく、
最も賢い者が生き延びるでもない。
唯一生き残るのは、変化できるものである。

オリジナルはこうだ。
“It is not the strongest of the species that survives, nor the most intelligent; it is the one that is most adaptable to change.” 

岡田氏が、昨日この言葉を引用して主旨はわからないが、
この言葉は考えさせられるものがある。

環境の変化に対応できたものだけが生き残り、進化をする。

ユーラシア大陸全体が戦争という環境変化の中で、
大陸文化というを形成してきたのだろう。

一方、海に守られてきた島国である日本は、ある意味で温室育ちである。
しかし、天災という環境変化の中で独自の文化を形成し進化をしてきた。

これからもグローバリゼーションという環境変化も避けては通れない変化であるが、
何よりも天災とどう向き合っていくかがより問われるだろう。

大自然に畏敬の念を抱き、感謝する。
ある意味、本来の日本人の姿に回帰することも、
重要な変化であるのではないだろうか。

2012年5月7日月曜日

天災に備えて固定資産への執着を捨てよう。

今までドラムを叩いていた部屋を、家内と子供に占領されそうなので、車庫に移そうとガレージの掃除をした。家の裏の空き地を借りているので、簡易倉庫でも買ってきて季節もので普段使わないものなど移動しようかと思っていた。

そんな矢先、昨日の竜巻をニュースでみた。
昨日の茨木や栃木で発生した竜巻は、今後どこでも発生すると感じる。
実際、昨日の午後は、埼玉でも異常な気圧の変化を感じ、竜巻が起きるのではと心配していた。
このところの強風や、大雨は今までとは異なり、かなり強くなっていると思う。

そんなこんなで、簡易倉庫の設置は、取りやめることとした。
飛ばされて人を怪我させたり、近所の家や車にぶつかっては大変だ。
ガレージで使わないものは、思い切って廃棄しよう。

昨年の東北大震災から、日本は様々な災害に不安がある。
地震、台風、竜巻、集中豪雨、地すべり、地盤沈下、そして火山活動。

私は元々固定資産を増やすことに喜びを感じないタイプだが、
今まで多くの人々が、家や車など固定資産を持つことに価値をおいてきた。
しかし、最近の日本では、そういう気分にならない。

何かの災害に見舞われれば、築いたものはいとも簡単に破壊されてしまう。
借金だけ残るなんてことにもなりかねない。

今は、慎ましい生活をし、いざというときは柔軟にかつ迅速に移動できるように準備しておくのが良い。

今後の投資は、教育が一番良いだろう。
子供の教育もさることながら、大人も臨機応変に生活をかえ、
順応できるよう自分への教育・投資も大切かと思う。


自己を作るものは自己なり

中村天風 一日一話から、5月7日分からの引用です。

昨晩、突然当てにしていた人から仕事の請負を断られました。
もっと良い仕事があるとのことです。
長年の付き合いだったので、寂しく感じました。

しかし、他力依存の態度があったのではないかと反省してます。
いや、長年の付き合いだから無理を聞いてくれると、高を括っていました。

そんな時、この本をペラペラとめくったらこの言葉に巡りあいました。

「自己を作るものは自己なり」

他力依存で仕事を簡単に片付けようとしていた自分に反省です。
この態度を続けていたら、もっと大きいシッペ返しもあったでしょう。

自分一人で何でもするという意味ではないことは重々承知ですが、
安易な他力依存は、いかんですね。

ピアノ発表会

日曜日に子供達のピアノ発表会がありました。

二人とも、ピアノ教室には行くだけで、家で全く練習していない、通うだけの生徒なので、先生も「本当に出るのですか?」と何度も聞かれました。一人1万2千円かかるので、どうしようかと思っていたのですが、人様の前で恥を書くのもいい経験と思い参加させることにしました。

本人達は、全く臆することもなく、練習もさほどせず当日を迎えました。
リハーサルでは、先生も私達親もガックリしてしまうような出来栄えで、
ちょっと、本番は見てられないな~と思っていました。

しかし、二人とも自信満々にステージにあがり、
今までで一番良いできでした。

間違えもあったし、リズムも狂っていましたが、
傍からみると「緊張したのかな?」で、許容されるレベルでなんとか終りました。

本人達は、「大成功」だと思っています。

先生にも言われましたが、二人とも本番に強いタイプなのでしょう。
彼等の度胸には、父親の方が見習うものがありました。

上出来、上出来!

2012年5月2日水曜日

日本人の英語力は向上しているのか??

先週、香港から友人夫妻が日本に遊びに来てくれた。
2年に1回は、日本に来ては、日本文化に触れるのを楽しみにされている。

今回、お二人が言っていたのは、
「日本人の英語のレベルがあがった」
ということ。

ホテルや、鎌倉の観光地で、
英語で受け応えできる若者が増えたと実感したらしい。

日本で観光するには、英語が通じないというハードルをかなり感じていた二人にとっては、
とても嬉しい体験であったし、
聞いている私も、よかった~と思える。

去年、韓国に出張に行った時、韓国人の英語レベルの向上に驚いて、
正直、日本の遅れを心配していたので、
嬉しい結果と言える。

しかし、この夫妻がポイントアウトしたのは、そんなシンプルなものではなかった。

アメリカでの新卒の就職率が30%くらいに下落しているというのだ。
アメリカで勉強した、日本人や韓国人が、米国で就職できなくて、
戻ってきているのではないかという。

韓国では、まさに帰国子女組が就職でかなり有利であり、
韓国内の学生は、さらに就職難になっていると聞いたことがある。

日本も同じことが起きているのだろうか?

人の価値は今の時代だけで図ることはできない

現代社会では、成功している人もいれば、社会に必要とされていない人もいる。
自身に満ち溢れている人もいれば、もう生きていくことに意味を見いだせない人もいる。

しかし、人間の価値は、一つの時代だけで評価されるものではない。

時代は変わる。時代が変われば、必要とされる人の才能も変わる。
また、今はその才能が表に現れなくても、必要とされる時代がくれば発揮されるかもしれない。

今後も時代は変化を続ける。
そして、多様性こそが人類を継続していく鍵だと思う。

人間の多様性は、夫々の人間の遺伝子に組み込まれている。

未来のためにも、命を粗末にしてはいけない。

大東亜戦争後のイギリスの捕虜生活を綴った、会田雄次さんの「アーロン収容所」を読み感銘したので、紹介します。



「人間の才能にはいろいろな型があるのだろう。その才能を発揮させる条件はまた種々あるのだる。ところが、現在のわれわれの社会が、発掘し、発揮させる才能は、ごく限られたものにすぎないのではなかろうか。多くの人は、才能があっても、それを発揮できる機会を持ち得ず、才能を埋もれさせたまま死んでいくのであろう。人間の価値など、その人がその時代に適応的だったかどうかだけにすぎないのではないか。」 (アーロン収容所 会田雄次)